My story『ハワイで国際結婚の ”夢” と ”現実”』

ライフスタイル

※こちらの記事は前回の続きです。

あの頃辛くてしょうがなかったわたしは、

ハワイの自然のなかにいることで、
なんとか自分を保っていたなぁ。。。

夫に出会ったのは

その頃ハマっていたヨガのために、
ハワイに滞在していた時だった。

(ヨガの本質を求めて世界を旅していたときの様子は、また別で書きますね。)

早朝ヨガの後にするサーフィンも
最高に楽しくて、

もっと本格的に取り組みたいと
思っていたところだった。

夫のマットが
「結婚しよう」と言ってくれた時、 

“結婚したら、ハワイに住んで
 憧れのキャシー・ルイーズ先生のヨガに
 毎日通えるじゃん!”(※1)

しかも

“ハワイとかサーフィン天国じゃーん!!”

“ハワイのお洒落なカフェとかで
 バイトしたいな〜”

なんて、ハワイでのすっっっっごい素敵な
結婚ライフを夢見ていた。

※1 キャシー・ルイーズ先生

気づいたら、わたしの横に3歳男児がいる…

あれ?

3歳児が1日中わたしの隣にいる!!!!!

なんか急に責任感が出てきて、
わたしの生活は3歳児中心になった。

何が好きかな?

何食べたい?

どこ行きたい?

何したい?

疲れた?

え?おんぶ?

トイレ?

うんち漏らした?

え????

なんで泣いてるの?

なんで怒ってるの?

なんで道路の真ん中でうつ伏せに
突っ伏して動こうとしないの~!?

宇宙人としか思えなかった。

でもわたしなりに
必死に彼を理解しようとした。

そして気づいたら、自分の時間が全くなくなってた。

自由人間すぎた私が、まさかの、
一日中子供と一緒にいるww

サーフィンももちろん行けない。

ヨガも行けない。

ちょっと一人で
カフェ行ってゆっくりもできない。

携帯みる暇もない(←思いこみ)。。。

今思うと、急に子供ができた責任感から
勝手に自分で自分を不自由にしてた。

サーフィンやヨガぐらい、

夫や義母に少し見てもらえば
よかっただけのことなのに(笑)

全部自分が背負わなきゃいけない
と思ってた。

義母は、明らかにわたしをウェルカムしていなかった。

その頃夫はお母さんと住んでいて、
わたしがそこに加わる形になったんだけど

初めましての挨拶の時も
ニコリともしなかったし、

はじめて義母のコンドミニアム
(マンション)に移動した時は、

トイレに行く時でさえ
ジロジロ後を追って見られたり、

部屋でくつろいでる時も
ドアは開けておくように言われ、

何度も様子を見にきた。

急に登場してきたチャラいアジア人女が

「日本から移住してきました
 結婚します
 一緒に住まわせてください」

とか、
マジで意味分からなかっただろうから
義母の気持ちもわかる。

たぶん永住権目的で息子に近づいてきた

”出稼ぎのアジア人”

と思われていたんだと思う。

(実際ハワイにはそういうアジア人が多くいるし、ハワイの人と結婚させて永住権をとるという日系ビジネスもあったりする)

義母に

「あなたの両親や家族も
 ハワイに移住してくるの?」

とも聞かれた(失礼なw)

こうやって娘を結婚させて、
家族で移住してくる東南アジア人が
多いらしい。

彼らにとって日本とか関係なく
「アジア人」って一括りなんだ
と知った瞬間。

(あっ(^.^) 今は義母とは仲良くさせてもらってるし、尊敬してるよ〜♪)

人一倍、自由を謳歌していた独身生活から一転。

一気に2LDKしかないコンドミニアムに
義母と同居になって、

しかも監視の目があって(←勘違い)

一日中、魔の3歳児を見なきゃいけなくて。
(誰も頼んでないのにw)

義母は太陽光が嫌いだから
一日中真っ黒なカーテンで
家中の窓を覆っていて、

電気もつけないの。

ただひたすら
テレビとラジオの両方が流れていて

ハワイなのに、光といえば
そこにはテレビの光しかなくて

夜もそのまま24時間
テレビとラジオが両方流れてて。

もうほんとに
監獄に入れられた気分になったのだった。

信用されてないからコンドミニアムの
オートロックの鍵ももらえずに、

外に出る時はいちいち
義母に鍵を開けてもらわなきゃいけなくて。

足が悪い義母に何度も
鍵をお願いするのも申し訳なかったから

朝、夫が家出る時に一緒に外に出て、

ずっとステップサン(連れ子)と一緒に
外にいた。

ハワイに知り合いがいなかったから、誰かに3歳男児の取り扱い方法を聞くこともできなかった。

子供なんて今まで周りにいなかったから、

魔の3歳児

全く言うことを聞かない男の子を

1日中お世話するのは、それはもう大変で

正直、精神的に参っていた。

(しかもわたしが理解できない英語を喋る)

でも、この小さな彼を目の前にすると
責任感でいっぱいで、

彼が喜ぶことや、楽しめそうなことを
いろいろ考えて喜ばせた。

一日中、3歳児の付き人だった。

貧乏だったから、息抜きに
コーヒー買うことすらできなくなってた。

それなりに稼いでいた独身の頃は
値段なんてよく見ないで、

買いたいものはなんでも買ってたのに。

海でサーフィンしている人達や

憧れのキャシー・ルイーズ先生のヨガに
通ってる人たちを横目で羨ましく見ながら、

3歳児のお世話をして。

コンドミニアムに帰ったら、
そこはテレビとラジオからながれる

光と音だけの真っ暗な監獄(言い過ぎw)

急に世界が変わって本当に辛かった。

勇気を出して義母にお願いしてみたら…

しばらくそうやって頑張っていたけど、

本気で心が折れて
精神的に下がるとこまで下がったので、

ある日

勇気を出して義母にステップサンを

1時間だけ見てもらうように頼んだら

すんなりOKもらえて、めっちゃ驚いた。

(もっと早くそれに気付けばよかったのに)

1時間で帰らなきゃと、
時間ばかりが気になって
ヨガには集中できなかった。

(誰も1時間で帰ってこい、なんて言ってないのに勝手に思い込んでいた)

結婚した途端に
世界がまるで変わってしまって、、、

(自由な時間も、お金も、空間も無くなり、大好きな日本がホームシックで仕方ない)

何もかもが嫌すぎて号泣しながら、
それでもなんとか毎日ヨガに通った。

ヨガに通うお金は
わたしの貯金から出していた。

それまでそこそこ稼いで
好きに使うお金があったのに、

結婚して、急に自分でお金が稼げなくなって

でも旦那の(超少ない)給料を使うのにも
抵抗があって。

貯金を崩してヨガに通っていたけど、

貯金がどんどん減っていくことが
ほんとに恐怖だった。

でも、1日1時間だけでもヨガをすることで

ココロとカラダを整えて
自分を保つことができたから、

それだけは続けた。

そして妊娠。また一つ足枷が増える。

ハワイの高額な出産費用の恐怖と、

どんどん
貯金がなくなっていくのも怖くなって

心のよりどころのヨガに通えなくなった。

そしてつわりが酷くなった。

ベッドから起き上がれない。

数歩でさえも歩けない。

真っ暗なコンドミニアムの監獄から
自力で出られない。

でも3才の連れ子は、
容赦なくわたしを試してくる。

そのわたしの対応を
義母は監視している(←思い込みw)

つわりが辛いなんて、

義母にビビって言えなくて

ひとりきりで耐えていた。

慣れない海外生活

慣れないアメリカの食事

湯船のないお風呂

分からない英語

自由すぎた生活からの一転監獄生活

義母にビビる毎日

夫の不安定な給料と減っていく貯金

高額なハワイでの出産費用の恐怖。。。

今までのわたしなら、何か問題があれば
自分で行動に移して解決してきたけど

なんせ

つわりが酷くて
一歩もベッドから這い上がれないw

自分で問題を解決できないことが、

なにより辛い。

和食が食べたい。

湯船につかりたい。

日本に帰りたい。

日本にかえりたいよ〜。

日本語が喋りたい…

誰か

「おはよう」って言って?

「いただきます」って言って?

「おやすみ」って言って?

そんなことを思いながら
ベッドから起き上がれずに

つわりに耐えてひたすら泣いていた。

でも「つわりが辛い。助けて」だなんて

強がりなわたしは

口が裂けても言えなかった。(なぜw)

人に弱みを見せられない
“獅子座” の私のSTORYは続く。。。

パトンあきこ

1,517 views

ヨガ歴12年 3児の母(もうすぐ4児!) アメリカ在住 太陽:獅子座 月:牡牛座 医者家系に生まれ、当然のように薬剤師の道に入るも西洋医学に違和感を感じてい...

プロフィール
  1. この記事へのコメントはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

ピックアップ記事

関連記事一覧