My story『ハワイでワンオペ育児 〜 ヒステリックな鬼婆への変貌』

※前回の続きです
日本に数ヶ月滞在して
すっかり元気になった私は、
ベビーを連れてハワイに戻った。
義母との関係も良くなっていたし、
幼稚園に行かなかったステップサン(連れ子)
は、やっと念願の小学校がはじまって、
時間に余裕ができたわたしは
Paki park(公民館的なところ)で
ローカルに向けてヨガを教え始めた。
その頃にはハワイにお友達もいて
夫の収入も安定、
生活は安定していた。
息子が1才半、
ステップサンが7才にさしかかるころ
再び、義母から独立して暮らそう
ということになった。
タウンから少し離れた山の方にあるミリラニへの引越し
そこでの暮らしは天国だった。
タウンから離れていて
部屋も広いし空気も綺麗。
涼しい風が吹き抜けるところもよかった。
なんてったって、プライベートな空間で
好きなように育児ができる。
自分だけの空間があることが、
もうほんっとーに夢のようだった。
そこでまさか私が、、、
ステップサンとの関係に追い詰められて
自分がコントロールできなくなって
いくなんて、その時は思いもしなかった。
夫は、ハワイの高い家賃を払うために朝から晩まで働かなければならず
ワンオペ状態で
7才と1才の育児をすることになった。
いままで義母や
他の大人が一緒にいたから良かったけど、
彼をみる大人が一人になると、
ステップサンは
私の手には負えなくなっていった、、、
1才の息子を7才のステップサンが傷つけることが多くなった
ステップサンが息子を故意に傷つける時、
わたしはヒステリックな
マジでやばい鬼婆へと豹変した。
ビービーガンで
息子の目すれすれを打ったとき
よちよち歩いてる息子を押して
額がパックリと割れたとき
息子を飛び蹴り膝キックして
頭を強く打ったとき
わたしは、ステップサンに
本気で殺意を覚えるようになった。
このままでは息子が
いつか酷い怪我を
負わされるかもしれない。
もしかしたら命にも関わるかもしれないー
ステップサンをいつの間にか「息子を傷つける敵」認証
子供相手に感情を抑えられず
わたしは、
どんどん鬼婆へと化していったのだった。
彼に対する言葉の暴力が
日に日にエスカレートしていく。
口も達者で力も強くなった7才の彼は、
わたしの怒りをピンポイントに、
執拗に、これでもかとつっついてくる。
何度も取っ組み合いになった。
やばい
止められない
どんどん
自分で
感情コントロールが
できなくなっていった。
3児の母となった今の私なら、当時のステップサンの気持ちも行動も理解できる。今となっては申し訳ない気持ちでいっぱい。
でもその当時は、子供というものが本当に理解できなくてパニックだった。
次回、My story…
鬼婆に変容していく姿が目に浮かぶ。。どうにも自分でコントロール効かない域に入ってく感じ。臨場感あって読み応えある!