みんなキセキを生きている『ホメオパシーとの出会い in NY』

診断・鑑定

※前回の続きです。

骨入れして数ヶ月経ってからのこと。 
(書きながら思い出しましたが、病院で保存した自分の骨はリハビリ病院に移る前に何かあったのかも。入れたのは人工骨でした。)

既にボストンにいて
激務中だった夫に迎えにきてもらって、
娘と共に渡米しました。

住居環境や娘の幼稚園、
私の病院などを視察するため、
数ヶ月間の滞在予定でした。

9月頃だったと思います。

夫は、ボストンの有名な病院に
外来リハをねじ込んでくれたり、
色々手配しておいてくれましたが、

激務でとにかく家にいる時間が
ありませんでした。。

不自由な体で初めてのボストン

知り合いもなく、運転もできないので
移動は徒歩。

アメリカは基本タクシーとかいない。
(当時はUberもない 笑)

自宅から歩いて
Whole Foods(スーパー)に行くのが
精一杯の毎日。

3歳児を連れだし、
空のベビーカーを押し、
(片側麻痺でたくさんは持てないので買い物カゴとして 笑)

娘は道中、
リスを追いかけたり遊びながら歩く。

そんな日々でした。

この時、全てがストレスでした

家からすぐ近くの幼稚園に
半日トライアルで通い始めるも、
とにかく大泣きの娘。

私はストレスから不眠症になり…
市販の睡眠導入剤にも手を出していました。

それでも全く眠れた気はしませんでした。

夫は会社で成果を出そうと必死でしたから、
顔を合わせる時間すらない。

私の病院に付き添ってはくれても、
終わらせてすぐ仕事に戻る。

娘はパパがまた会社へ行ってしまう
寂しさからか、

はたまた私が必死の形相になる
怖さからか、

とにかく泣く…。

何しても泣き続ける娘に、
夫はとうとう『Shut up!!』と怒鳴る。

→また泣く…。
(子供は敏感ですからそりゃ泣くわな…)

ボストンの寒さを甘く見ていました。。

想像以上に寒くなるのが早かった
ボストンの10月。

街並みやスーパーが
ハロウィンの準備で忙しくなった頃、

本場のハロウィンの雰囲気を味わおうと、
娘とコスチュームを買いに行きました。

私が薦めるプリンセスドレスには
全く興味を示さず、

本人が選んだのはスカンクの着ぐるみ(笑)

(意外や似合って今見てもカワイイ♡)

プレイグラウンドへ行くと、
他の子供たちは早くもスノースーツ
のような格好で遊んでいました。

日本の冬の装いでも、
娘は走り回るので問題ないようでしたが、

私が無理でした。

寒いと麻痺側の筋肉が固まって
ロボットのような動きになって、
ますます自由を失うのです。

ボストンの冬をワンオペで越す自信がなく、
結局、娘とともに帰国を決意しました。

ボストン滞在わずか 3, 4週間でした…。

夫は広い家で、
ここから1年半の単身赴任生活。
(寂しすぎてキッチンに住んでいたらしいです。。)

NYでホメオパシーと出会う

当時は、ボストンから日本への
直行便がなくてNY経由だったので、

経由ついでに当時NY駐在中だった
昔からの仲良し家族と休暇を過ごしてから
帰国しました。

この時、この友人宅で
初めてホメオパシーと出会いました!

フルーツを切っていた友人が指をざっくり。
結構流血している彼女から、

「青い筒状のケースから
 一粒を蓋に出して口に入れて!」

と指示がありました。

Arnica

流血を目の当たりにし、
焦る私は片手でモタモタしながら
何とか任務遂行しました。

彼女は止血しながら
何粒かをリピート摂取して、

絆創膏が貼れるくらいの状態に
なっていました。

これが私の初めてのレメディー体験

Arnica でした。

ショックや止血に良いですね。

友人からの勧めで、
Whole Foods(スーパー)で

Arnica と Bach の
レスキューレメディーを購入して
日本へ帰国しました。

この時から
私のホメオパシー人生が始まりました♡

次回。。

発酵ホメオパスRinko

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ホメオパス 香港在住 太陽:射手座 月:双子座 自分らしく、あるがままに生きられない…”寂しさ・虚しさ” を感じていた20代、海外とは無縁と思っていたのにな...

プロフィール
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